国境なき医師団|収入の1%を寄付しつづける3つの理由!

たかはし昇一は「国境なき医師団 」に毎月、継続的な寄付を行なっています。

寄付金額は3,000円/月収入の約1%と多くはない金額ですが、この約100円/日毎月120人が「はしかの予防接種」を受けられるそうですよ。

はしか」と言われてもほとんどの人はピンときませんよね。

麻しん」とも呼ばれるウイルス感染症で、人から人空気感染飛沫接触感染などさまざまな経路で感染します。

免疫がない集団のなかに1人の発症者がいる場合の感染力は、インフルエンザだと1〜2人ですが、はしかは12〜14人とても強いのが特徴。

感染した場合はほぼ100%発症します。

おもな症状である「発熱」と風邪によく似た症状1週間以上つづき、カタル症状と呼ばれる気道・結膜の炎症もおこります。

肺炎」「中耳炎」「心筋炎」「脳炎」など、さまざまな「合併症」で入院を必要とすることが少なくないため、回復まで時間のかかる重い病気です。

日本では「こどもの病気」というのが一般的な認識だと思うので、はしかが「全世界で感染症による死亡原因の第1位」であることを知ったときは驚きました。

感染力・症状ともにおそろしいウイルスですが、現在では効果の高いワクチンが開発されていて感染・発症の予防が可能な病気なんです。

日本は2015年3月に、世界保健機関(WHO)からはしかの「排除状態」と認定されています。

排除状態の認定条件は、その国に定着しているウイルスによる感染が3年間ないこと

日本を含めほとんどの先進国ではワクチンの2回接種方がとられていることから、世界各国でもはしか排除を達成する国は増加しています。

つまり今後はしかに感染することがあるとすれば、海外で感染したか海外から持ち込まれたウイルスによって感染したかになります。

その一方で「アジア」や「アフリカ諸国」など、依然として多数の患者報告がある国もあります。

※出典元:WHO

なかでも、地図上に茶色で示されている中国インドモンゴルパキスタンナイジェリアなどからの患者報告数がとくに多いようです。

海外渡航する場合、はしかにかかった記憶がなかったりワクチンの2回接種をしたかが不明であれば、念のための予防接種を受けるべきですね。

①「世界がもし100人の村だったら」どの村人?

世界がもし100人の村だったら」は、こどもでも内容が理解できるくらい「統計」を簡単にまとめてあって、具体的にイメージしやすい数字でもある分インパクトがあります。

村に住む人びとの100人のうち…

20人は栄養がじゅうぶんではなく
1人は死にそうなほどです
でも15人は太り過ぎです

すべての富のうち
6人が59%をもっていて
みんなアメリカ合衆国の人です
74人が39%を
20人が、たったの2%を分けあっています

すべてのエネルギーのうち
20人が80%を使い
80人が20%を分けあっています

75人は食べ物の蓄えがあり
雨露をしのぐところがあります
でも、あとの25人はそうではありません
17人は、きれいで安全な水を飲めません

村人のうち
1人が大学の教育を受け
2人がコンピューターをもっています
けれど、14人は文字が読めません

もしあなたが
いやがらせや逮捕や拷問や死を恐れずに
信仰や信条、良心に従って
なにかをし、ものが言えるなら
そうではない48人より
恵まれています

もしもあなたが
空爆や襲撃や地雷による殺戮や
武装集団のレイプや拉致に
おびえていなければ
そうではない20人より
恵まれています

ぼくには安心して暮らすことのできる住居十分な食べ物があります。

水が飲みたければ水道をひねるだけですし、字だって読み書きできてあたり前。「言論弾圧」や「紛争」もなく平和な毎日をすごせています。

それとは正反対の生活をしている人が今おなじ地球上にいるなんて信じられないですよね?でも現実にいるんです。

恵まれている恵まれていないを比較することに多少の違和感はありますが、おなじ地球上に生まれたおなじ人間なのに、なぜこんなにも大きな違いがあるのでしょうか?

前世で徳を積んだから?特別な使命をもって生まれたから?

ぼくは、単純に「たまたま」で深い意味はないと思ってます。恵まれた環境に、いいタイミングで生まれてこれたのは「幸運」だっただけ。

日本だって激動の時代を経て現代があるわけですが、ぼくは生まれた瞬間から医療インフラ社会保障が整っていました。

おかげて物質的な渇望は少ないですし、心の充足感を追求することのできる退屈なほど平和な生活がなんてありがたいことか。

世界がもし100人の村だったら」は己が幸せであることと、不平等な世界という残酷な現実を突きつけてきますね。

恵まれた環境に生まれたのはたまたま…でもその偶然に意義付けするのはじぶんだと思い、ぼくは「継続的な寄付」を行なっています。

ぼくが100人の村の住人としてできることは、富やエネルギーを独占せずほかの村人ともシェアすることではないでしょうか?「寄付」はその方法のひとつです。

日本には寄付のような「善行」とされることを表だって言わない「隠匿」の文化があります。

ぼくも寄付していることを公表できるのは匿名ブログだからです。やっぱり「売名行為」や「人気取り」と思われるのはイヤだし、なんとなく恥ずかしいですからね。

でも批判はだれも救わないのです。仮に売名行為・人気取り目的の寄付だとしても、ほかの村人にとっては確実に救いとなるのではないでしょうか。

②なぜ寄付先を「国境なき医師団」に決めたのか?

いざ寄付をしようとしてみたところ寄付を必要とする団体もさまざまで、なかなか決められませんでした。

ユニセフ」「日本赤十字社」のような有名どころや、その他にも多くのNPO法人国際NGOがありますよね。

ぼくが寄付先を「国境なき医師団」に決めたのは、設立・活動の「理念」に共感したから。

国境なき医師団は、1971年12月20日にフランスの「医師」と「ジャーナリスト」からなるグループが創設しました。

医師とジャーナリストのグループというところがユニークですよね。国境なき医師団は、大きく2つ「医療」と「証言」という役割をもって活動しています。

「医療」はイメージ通りに「紛争」「難民問題」「大規模災害」や「疫病の流行」などの最前線に飛び込み人命を救う活動。

「証言」は、危機的な「最前線」がどのような状況何が必要とされているのかを記録し、全世界に向けて発信する活動です。

活動地はさまざま。「国境なき」の名の通り、とにかく命の危機に直面している人々を助けるために国境を越えるのです。

国境なき医師団は非営利の「独立団体」。国境を越えて宗教政治などに関係なく活動するうえで、独立=どの国家・組織にも属していないことは重要ですよね。

ぼくは医療行為なんてできませんし、証言者としてその場に行くこともできません。

恐怖があるのはもちろんですが…けっきょく快適な生活を捨てて、じぶんの命も捨てる覚悟最前線に飛び込むほどの勇気はない薄情な人間なのかもしれません。

ただ医療技術勇気はなくても、ぼくは国境なき医師団を応援する多くの「気持ち」と少々の「お金」はもっています。

遠くの地で困っている人を直接助けられなくても、助けようとする活動は応援したいし、最前線で戦っている医師団を救援したい

だからぼくは、まず「自分にできること」として寄付をしています。

もし経済的な事情で寄付が難しくても、危機がありそれに立ち向かう団体が存在していることに「関心」をもつだけでも違うんじゃないでしょうか。

③寄付金額を「収入の1%」に設定した理由は?

寄付をしたいとはいえ、じぶんの人生日々の生活だって大切ですよね。さすがに収入すべてを寄付できるほどの人格者ではありません。

国境なき医師団では毎月の寄付金額最低1,000円〜設定できます。1,000円/月1日わずか約33円。それぐらいなら無理なく続けられそうじゃありませんか?

ぼくの寄付金額は3,000円/月1日あたり約100円なので、コンビニコーヒー1杯分です。

月々わずかですが、もし今後70年間継続したとすると3,000円×12ヶ月×70年=約250万円に!長期的に考えればまとまった金額になりますね。

月額3,000円でいいのか迷いながらの寄付だったのですが…「ファイナンシャルアカデミー」の「お金の教養講座」を受講して、適正な金額なんだと安心しました。

ファイナンシャルアカデミー「お金の教養講座」は社会人の必修科目!

講座受講の無料特典としてもらえる「お金の教養STAGEアクションリスト」に、社会還元アクションとして「収入の1%を寄付する」の記載が…結果オーライでした!

ぼくはサラリーマンですが、今後もし給料以外になにかしらの「定期的な収益」を得ることになったならば、そのときは「利益の10%」を寄付したいと思ってます。

寄付は月収1,000万円で5万円/月(0.5%)よりも、月収20万円で2,000円/月(1%)のほうが「できること」をより多く行なっていると言えますよね。

寄付の「金額」にこだわるのはナンセンス。あくまで収入保有資産に対する「パーセンテージ」で考えるのが合理的です。

●「愛の反対は、憎しみではなく無関心」である!

ぼくは資産形成のための「投資」に興味があって、「つみたて投資信託」をメインに「クラウドファンディング」や「仮想通貨」にもチャレンジしてます。

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どれも「リスク」を覚悟し、「リターン」を期待しての行為です。でも国境なき医師団への寄付には、なにも「見返り」を求めてません。

だれかの喜びに役立ててればうれしいとは思いますが、感謝してほしいとか、心の救いを求めているとか、天国に行きたいというわけではないんですよね。

ただ、ぼくが不便なく快適に暮らしさらに低コストを追求するなかで、少なからず貧困や格差をつくる原因の片棒をかついでいる意識があります。

だからせめて「罪ほろぼし」したいという、心理的な一面からくる衝動なのかもしれません。

世界がもし100人の村だったら」の文末は、つぎのような言葉で結ばれています。

もしもたくさんのわたしたちが
この村を愛することを知ったなら
まだ間にあいます
人びとを引き裂いている非道な力から
この村を救えます
きっと

愛の反対は、憎しみではなく無関心」とマザー・テレサは言いました。

ひとまず「関心を持つ」のであれば、こちらから公式Twitter公式Facebookをフォローしてみてはいかがでしょうか?

そして「関心を示す」のであれば、こちらから寄付をご検討ください。

※国境なき医師団:寄付・募金で支援する

紛争難民問題大規模災害疫病の流行…つい遠い地で起こっているショッキングな出来事に関心がとられがちになります。

目のまえに困っている人がいたら自然に手をさし伸べる。そんな損得勘定なしの「思いやり」の気持ちを、いつまでも大切に持ちつづけたいものですね。

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ABOUTこの記事をかいた人

たかはし昇一

30歳から3つの「と」(投資・登山・トレーニング)を習慣にしたら人生が変わった金融系サラリーマン。1985年生まれ、東京都23区内在住です。2034年までに金融資産3,000万円の「アッパーマス層」になるため、「収入を増やす」「支出を減らす」「投資で増やす」をコツコツ実践中。